秋季大会パネル発表要旨

〈新開地〉をめぐる統合と紛糾・希望と幻滅の〈現実〉表象

(発表者)山﨑義光 岡英里奈 奥村華子 森岡卓司 
(ディスカッサント)村田裕和

一九世紀後半以降、帝国主義的な国土拡張と敗戦によるその縮小の中で移民・開拓地が見いだされ、産業構造の変化にともなう人の移動によって新たな集住地が形成された。こうした動向と連動して地域社会の変動や再編成も生じた。本パネルでは、これらを〈新開地〉をめぐる問題群として捉えたい。〈新開地〉を題材とした表象をとりあげ、そこに作用した統合と紛糾の力学が、そして関わった者たちの抱いた希望と幻滅とがどう描かれたのか、その歴史的な位相を探求する。
従来、二〇世紀前半の帝国主義や反戦運動、労働者が対象とも表現者ともなったプロレタリア文化運動、あるいは移動先としての都市文化の表象については、多々論じられてきた。それに対して、本パネルでは、人・モノ・カネが集中する都市よりも、窮迫し離散する地方の町村、再編される地方生活、これと連動して新たに求められた移民・開拓地、工業都市化によって形成された集住地、職住分離による郊外までを含む〈新開地〉表象をとりあげる。現地見聞にもとづく紀行文等のルポルタージュ、小説、詩などの言語表象にとどまらず、写真や映画、絵画などを含めて、それらの場がいかに表象されたかを検討する。
〈新開地〉をめぐる表象においては、国策主導のプロパガンダから抵抗文化運動、そして紛糾する現実の解決を模索する地域内の議論に至るまで、目的や立場の相違がしばしば問題となり、そのあり方としても、特定個人の取材、表現に止まらず、聞き書きや共同での雑誌編集などの形態をとることがある。国策的あるいは社会運動的な言説が対立・交錯し、目的遂行的な共同体形成に向けた統合を志向する表象がある一方で、そうした統合に収まらない〈現実〉の表象がある。
本パネルでは、部落差別と満洲開拓、戦地・開拓地からの引揚者を含む開拓、戦時下から戦後にかけての地方文化運動における表象を取りあげた報告をもとに、二〇世紀の社会的動向の推移のなかで生まれた、統合と紛糾、希望と幻滅が交錯する〈新開地〉をめぐる〈現実〉表象の諸相を討究する。
山﨑義光は、本パネルの趣旨説明を行う。あわせて、世界恐慌から満洲への分村移民に至るまでを描いた和田伝『大日向村』(1939)では窮迫する村の一縷の希望の地として満洲が表象された一方、満洲開拓地を見聞した島木健作は国策宣伝に還元しえない現実的な満洲移民の生活実態を表象しようとしたことを取りあげ、経済恐慌と戦争の時代を背景とした〈新開地〉をめぐる表象に触れたい。
岡英里奈は、部落差別と開拓・移住の思想との接点を、一九三〇年代後半から四〇年代前半の融和運動紙誌における満洲開拓に関する記事から考察する。一九二〇年代半ばに水平社運動への対策・対抗を目的として組織された中央融和事業協会は、一九三八年より被差別部落の「経済再生」の手段として満洲開拓奨励事業を開始する。以降、『融和時報』や『更生』といった協会の機関紙誌においては、満洲という〈新開地〉をめぐる語りが論説や報告文、小説などといった様々な形で登場する。それらの多くは国策に追随する植民地主義的なプロパガンダであったが、そのような限界を抱えた中で語られる、被差別民の目線からの〈新開地〉に対する希望と現実の表象を読み取りたい。
奥村華子は、岩手県国民健康保険団体連合会機関誌で、岩手県を中心に東北農村の生活や文化、戦争体験の聞き書き等を掲載した『岩手の保健』(1947創刊)における開拓関連記事を取り上げる。同誌では、満州開拓等を経て東北地方へ引揚げた人々の挫折の記憶と、旧弊を逃れるために戦後開拓に身を投じた農村女性らの希望と、敗戦を跨いだ二つの開拓表象が交差している。中心的編集者だった大牟羅良の外地での経験をふまえつつ、東北の文化活動の拠点の一つとなった同誌が、戦後日本において、いかなる〈新開地〉を模索し、表象していたのか検討したい。
森岡卓司は、一九五〇年代の社会運動を支えたひとつの柱としての「郷土(愛)」の観念が、地方文化運動の中でどのように表象されて来たか、東北地方、とりわけ大高根基地闘争(1955)の舞台ともなった山形県村山地方の事例に即して明らかにする。その際に、「開拓」という言葉を通じて、「郷土」の姿とそこに集う共同体がどのように再定義され、再編されたのか、という歴史的な動態に着目する。雑誌『犀』参加(1930)から、山形県原水爆禁止協議会結成(1955)に至る、一九三〇年代から一九六〇年代までの真壁仁の活動も手がかりとしながら、「郷土」としての〈新開地〉表象の時代的な変遷を確認してみたい。
村田裕和は、ディスカッサントとして、本パネルのテーマを踏まえて各報告へコメントするとともに、戦時下から高度成長期までの産業構造の変化と〈新開地〉に関する話題で応じる予定である。